SIT Academic Column 木々と同じ目線になる中大規模木造設計
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2023年10月、芝浦工業大学豊洲キャンパス1階に「SIT テクノプラザⅣ」が竣工した。これはレーザーカッターや3Dプリンターなど最先端の機器が並ぶファブラボであり、ガラスをつづら状に積層したデザインにLVL(単板積層材)と呼ばれる木のブロックを組み込むことで極めてユ二ークな構造体に仕上がっている。意匠設計を担当したのは建築学科の山代悟教授と、山代教授が代表取締役を務める設計事務所ビルディングランドスケープである。山代教授はLVLをはじめとする木材に着目し、中大規模木造や都市木造を主な研究テーマにしているが、どのようにしてその発想に至ったのだろうか。
人と自然が一緒に建築を作っているような感覚
「SIT テクノプラザⅣ」は、ガラスを構造体として用いるというアイデアがまずあったと山代教授はいう。それ自体がチャレンジングな行為であるが、そこに木材を建築デザインとして取り込むという、もうひとつのチャレンジを重ねている。
「テクノプラザⅣは学生が物作りを楽しむ場であり、その“場”を通じて自分たちの社会を考えてもらうことを目的のひとつとしていると私は思っています。そうした作業をする場所は、きれいに整ったギャラリーのような空間ではなく、むしろ乱雑で生々しい空間です。それを壁で覆い隠すのではなく、作業をしている姿を見通せて、かつ風景として面白いものにできないか。そんな効果を考えガラス同士のつなぎ目をLVLで接合したのですが、結果として、木のブロックが宙に浮いているように見え、それらが奥で作業している学生たちに重なることで、非常に魅力的な風景が生まれました」
しかし山代教授自身は、もともと“木造”に関心があったわけではない。東京大学工学部および同大学大学院建築学専攻修士課程で師事したのは、建築家?槇文彦氏の弟子にあたる大野秀敏氏だった。槇氏も大野氏も木造というよりは、むしろ鉄やコンクリートを用いたモダンで美しい建築を作る建築家である。
「大学と大学院で勉強した内容も、建築そのものというよりは、その建築が建てられた都市空間がどのようにできているか、といったことが中心でした。大学院を修了して社会に出てからも、私はしばらく槇文彦さんの事務所で実務を学んでいたのですが、その時も関心があったのは現代都市のありようについてです。例えば現代の街に建つ建築に採用されている材料やデザインはどのような価値観を表しているのか。その分析をもとに未来の都市はどうあるべきか、それに相応しい建築とはどのようなものかを考えていました」
2002年に山代教授は槇氏の事務所から独立し、ビルディングランドスケープを設立するが、その直後に転機が訪れた。それは、築130年ほどの農家の増築という仕事だった。
「伝統的な工法で作られた木造家屋だったので、どんな建物を隣に建てるのが相応しいか。考え抜いた結果、木造は木造でも、現代でしか作れない木造建築にしたいと思ったんです。その時、とある方に教えてもらったのがLVLでした。これは無垢の木を工業的に加工した、非常に安定性が高く扱いやすい木材なのですが、その表情もバウムクーヘンのようで無垢の木とはまた少し違っている。そこに、人と自然が一緒に建築を作っているような感覚を抱いて『木材、面白いな』と」
木々と同じ目線で暮らすことが憧れとなる社会
山代教授が農家増築の設計を始めたのは2004年(完成は2007年)で、当時は、環境問題がなかったわけではもちろんないが、まだ「カーボンニュートラル」や「SDGs」といった言葉は一般的ではなかった。しかしこの20年の間に、建築時に温室効果ガスの排出量を抑えられる木造、および炭素を固定?貯蔵できる木材は脱炭素社会を目指すためのひとつの手段として注目度が高まっている。また、山代教授の研究室は「プロジェクトデザイン研究室」と名乗っているが、その活動テーマは主に地域再生や災害復興であり、これも上記と同様の社会課題と地続きである。
「ここ100年の間、我々は鉄やコンクリートで街を、社会を作ってきました。そうした近代建築は近代資本主義あるいは化石燃料に依存した社会の上に成り立っているといえます。もちろん鉄やコンクリートは、例えば地震があった際は建物の倒壊や大規模な火災を防ぐなど、非常に大きな成果を上げてきました。しかし同時に、気候変動の問題は顕在化し、大都市が栄える一方で地方の小さな町は衰退していくという矛盾も生まれている。例えば災害でダメージを負った街を木で作り直すことは、その町の作られ方を見直すことであり、新しい社会を木で作るとはどういうことかを考えることだと思っています」
とはいえ、木造を選択する場合、鉄骨造や鉄筋コンクリート造とは異なり、構造の問題を強く意識せざるを得なくなる。つまり、耐震や防耐火の基準を満たすことを優先的に考える必要が出てくる。
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「鉄やコンクリートを使った建物にも耐震、防耐火の基準がありますが、木造建築は難易度の高さが段違いです。木造では1階建てから階数が増えるごとに構造的な条件をクリアする難易度が増し、特に3階建てを超えると指数的に難しくなっていく。日本では、特に戦後、公共建築は基本的に鉄とコンクリートで作る流れが社会的にもできましたが、それは地震や火事に対する木造の安全性を学術的に証明するのが難しかったから。しかし数十年かけてひとつひとつ証拠を積み上げ、今や木でも鉄やコンクリートに劣らない安全性を確保できる技術がそろってきた。そういう面白い時代に私たちは立ち会い、設計を行っているという実感があります」
近年、中大規模木造や都市木造は社会的な認知も広がり、ニュースなどで取り上げられる機会も増えている。ただ、そこで紹介されるのはたいてい高層の、言ってしまえば“目立つ”木造建築である。もちろん難易度が跳ね上がる高層の木造建築にチャレンジすることは建築家や技術者にとって重要なことであるが、他方で山代教授は、3、4階建て程度の建物を広く木造化することをひとつの理想としている。
「中大規模木造や都市木造においては、先端的でユニークな設計だけではなく、誰もが真似しやすい標準的なモデルを作ることが重要であり、それを大きく広げることが自分の役割だと思っています。そのためには、さまざまな技術的、制度的な問題を整理するだけでなく、何よりもまず、3、4階建ての建物に暮らすことを憧れの対象にすることが大事なのではないか。例えば成功者は高層ビルにオフィスを構えて町を見下ろすようなステレオタイプなイメージは今も残っていると思いますが、見下ろすのではなくて、窓の外にちょうど木が立っているのが見えるぐらいがいい。いわば木々と同じ目線で生活または仕事をすることが望まれるような社会を目指しています」
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山代 悟 教授
建築学部 建築学科 /
プロジェクトデザイン研究室
建築家/ 博士(工学)。1969年島根県出雲市生まれ。1995年東京大学大学院修士課程修了。
2002年にビルディングランドスケープ一級建築士事務所を設立し共同主宰を務める。東京大学大学院建築学専攻にて助手?助教、大連理工大学建築与芸術学院にて客員教授を経て、現在は芝浦工業大学建築学部建築学科教授に就く。NPO 南房総リパブリック 副代表理事。設計事務所ビルディングランドスケープ共同主宰。