しばうら人 比嘉 啓登さん(沖縄市議会議員)

2026/02/27
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建築の学びから始まり、地方政治の道へ。多彩なキャリアを支える建築分野の懐の深さ

2009年に工学部建築工学科(当時)を卒業後、大学院を経て総合商社に就職。さらに松下政経塾で学び、現在は地元沖縄で市議会議員を務める比嘉啓登さん。多彩な経歴の持ち主だが、そのキャリアの変遷を伺うと一貫して市井の人々に向き合う姿勢が見えてくる。

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比嘉 啓登さん

Hiroto Higa

那覇市議会議員

工学部 建築工学科 2009年3月卒業

 

大学のフィールドワークがキャリアの原点

 自然豊かな沖縄で生まれ育ち、都会へのあこがれもあって芝浦工大に進学しました。建築工学科を選んだのは、建築物を見るのが好きだったため。特に沖縄は、ファサードや建材に特徴的な建物が多いため、他の地域との違いを興味深く感じました。模型づくりなどものづくりも好きでしたし、スーパーゼネコンや大手工務店に多数の卒業生を輩出している芝浦工大は「就職に強い」という好印象もありました。
 入学後は全国各地出身の友人がたくさんでき、異なる価値観を知る機会がふんだんにありました。芝浦祭実行委員会に所属し、4年間活動したことで多くの仲間ができたことも、学生生活を充実したものにしてくれました。
 学業面では建築のさまざまな領域を幅広く学びました。1年次に講義を聞きながらドラフターでの製図を経験した時、いかにも建築学らしい作業に心が躍りましたが、早い段階で「自分は意匠に向いていない」と自覚することに。構造計算では座屈のモーメント計算がなかなか理解できず、計算式を丸暗記して試験に臨んだことも。いちばん好きだったのは都市計画で、3年次からは大内浩教授の地域政策研究室に所属。フィールドワークでは現地の地域振興策や商店街の活性化計画などを調べ、役所の担当部署に足を運び、商店街の皆さんの生の声などをお聞きして回りました。那覇市議会議員として日々私が取り組んでいるのも地域の繁栄や生き生きと暮らせる街づくりですので、学生時代に学びの中で行っていたことをまさに今、政治の舞台で実践していることになります。

web_1大学では仲間たちとともにたくさん学びました

インドネシアで政治が地域に与える影響力に驚嘆

 大学卒業後、大学院を経て三井物産株式会社に入社しました。リーマンショック後の就職氷河期で、芝浦工大の卒業生が多いスーパーゼネコンや不動産会社は採用人数が少なく、「総合商社なら投資型インフラに関われるかもしれない」と考えての選択でした。入社後は、米国で鉄道貨物の動産リースの事業管理を1年間経験。その後はアジア担当として、インドネシア、インド、台湾などのプロジェクトの生産管理に携わり、そこでも芝浦工大での学びが大変役に立ちました。

web_2商社時代、多くの関係者がいる大型プロジェクトにやりがいを感じました

 例えば、プロジェクトの工程管理に用いられるガントチャートは、基礎科目の「生産管理」で学んだ記憶があり、「とても大切なことを教えてもらっていたんだ」「もう一度勉強し直したい」と思いました。インドネシアの空港線プロジェクトで現地政府に提案する際には、PPP(官民連携)で進めるべきか、PFI(民間資金を採り入れる公共工事)で進めるべきか、建てつけから考える必要がありましたが、これも大学の授業で学んでいたためスムーズに取り組むことができました。ちなみに、議員活動でもPPPやPFIに関わる機会が少なくありません。
 商社時代にもっとも印象に残った案件は、ジャカルタ地下鉄プロジェクトです。後に大統領になったジョコ州知事が大胆な政策を打ち出して都市が急激に変化していく姿を目の当たりにし、政治が地域に与える影響力の大きさに圧倒されました。この経験がきっかけとなり、28歳で会社を退職して松下政経塾へ。2年半にわたり、座学と現場でみっちり鍛えられました。卒塾後にキャリア採用で三井物産に再入社し、地域ブランディング事業に携わりましたが、政治の力による地域活性化を地元?沖縄で実現したいという思いが徐々に強まり、2021年に退職。34歳で那覇市議会議員に当選し、今に至っています。

web_3松下政経塾時代、国内海外で学び、沖縄県知事から薫陶を受けました
web_4議会活動、現場目線で市民福祉の向上にむけて取り組んでいます

自らのアイデンティティ?沖縄の未来のために

 大学入学時には自分の将来像が見えていなかった私ですが、どこで何をしていても自分のアイデンティティは常に沖縄にあり、卒業論文のテーマも「観光資源としての沖縄?首里城の課題」。どうすれば地域活性化に貢献できるのか。より暮らしやすい都市環境を実現できるのか。自分の視線の先には、やはり沖縄の未来、そこに暮らす人々の姿があります。さらに、大学のフィールドワークで訪れた東京?月島の商店街。豊洲キャンパスへの自転車通学中に見て回った下町の風景。芝浦祭実行委員会でお会いした商店主や地域の方々。現在、私は議員活動と並行して中小企業診断士としても仕事をしており、沖縄の地域企業や商店主の方々と接する機会が多いのですが、大学時代から一貫して同じ方向を向いていた気がします。
 最後に、大学時代の思い出を一つ。2年次に男性誌『メンズノンノ』の専属モデルに選ばれ、卒業前までモデル活動を続けました。ファッション好きの同級生と相談し、大宮キャンパス近くの中原荘という芝浦工大生が多く住むアパートで応募写真を撮影したことが懐かしく思い出されます。アルバイト感覚の雑誌モデルでしたが、沖縄から飛び出して東京でしかできない経験を積むことができ、楽しかった学生生活の1ページとして今も記憶に鮮やかです。

(広報誌「広報芝浦」2025年冬号掲載)