宇宙で地に足をつける。――SIT Academic Column
2020/12/07
- SIT Academic Column
「月?惑星探査」――人類が宇宙へと活動領域を広げる、その活動に不可欠な探査ロボット。レゴリスと呼ばれる微細な堆積物で覆われた月や惑星表面の走破には、車輪の沈下など地盤が軟弱ゆえのハードルが多い。こうした不整地?軟弱地盤移動システムの開発を月?惑星探査のみならず、我々の足下――被災地でのレスキュー活動や雪上移動、農業への応用へ展開する研究者が、芝浦工業大学には居る。
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2020年12月7日、小惑星探査機「はやぶさ2」のカプセルが地球に帰還しました。はやぶさ2プロジェクトが達成した7つの世界初の成果の1つ「小惑星表面での移動探査」。芝浦工業大学にも、惑星の地盤を走破するための移動ロボットシステムの構築に取り組む研究者がいます(今回のプロジェクトには参画していません)。
※この記事は広報誌「芝浦」2019年夏号に掲載した記事「SIT Academic Column」を、Webに再掲したものです。文中の表現や経歴などは、当時の情報です。
※この記事は広報誌「芝浦」2019年夏号に掲載した記事「SIT Academic Column」を、Webに再掲したものです。文中の表現や経歴などは、当時の情報です。
ロボットが挑戦する月?惑星走破の「ハードル」
アポロ11号のニール?アームストロング船長が月面をその足で踏みしめて50年。以来、現在では多くのロボットが人類の宇宙探査においてその任に当たっている。一般に宇宙ロボットといえば、天体の軌道を周回する軌道上ロボットや、月や惑星の探査を行う探査ロボットに大別される。そしてローバとも呼ばれる探査ロボットは、着陸した天体上を探査のために自律的に走破することが求められる。システム理工学部機械制御システム学科の飯塚浩二郎教授は、こうしたローバをはじめとした未開拓?不整地地盤を走破する移動ロボットシステムの構築に取り組んでいる。
月や惑星の表面には粒子の非常に細かい堆積層(レゴリス)があり、通常のタイヤや車輪では徐々に沈下しながら走行悪化を招き、最後にはその場から前進も後進もできずにスタックに陥る問題があった。そこで地面との接地圧を小さくするために、車輪数を増やす、車輪のサイズを大きくする、あるいは(一般的にはキャタピラやクローラと呼ばれる)履帯を採用するなど、ローバの走行機能は常にレゴリスでのスタックの対処を念頭に置いた開発が行われてきた。一方で、これらの手法では質量が増加するなどの問題がローバの小型軽量化を阻む。こうした月?惑星面を走破する上での「ハードル」を前に、飯塚教授が考案し研究を続ける2つの機構がある。
月や惑星の表面には粒子の非常に細かい堆積層(レゴリス)があり、通常のタイヤや車輪では徐々に沈下しながら走行悪化を招き、最後にはその場から前進も後進もできずにスタックに陥る問題があった。そこで地面との接地圧を小さくするために、車輪数を増やす、車輪のサイズを大きくする、あるいは(一般的にはキャタピラやクローラと呼ばれる)履帯を採用するなど、ローバの走行機能は常にレゴリスでのスタックの対処を念頭に置いた開発が行われてきた。一方で、これらの手法では質量が増加するなどの問題がローバの小型軽量化を阻む。こうした月?惑星面を走破する上での「ハードル」を前に、飯塚教授が考案し研究を続ける2つの機構がある。
砂地を脱するシャクトリムシとレスキュー車両
2017年11月、飯塚教授が開発し発表したのは、前後の車輪間隔(ホイールベース)が伸縮する車輪機構だ。車輪がどのように沈下していくか実験を重ねてそこにかかる力を解析。砂に埋まった前輪が固定される力を利用して後輪を密着させ、その後前輪を後輪から離すようにホイールベースを縮めたり伸ばしたりすることで、軟弱な地盤でも前進し続けることを発見した。その姿はまるでシャクトリムシだ。沈下させたい車輪の方へ重りを動かす機構を追加することで、さらにスムーズな動作を実現した。この機構は車輪間にモーターを追加するだけの低コストで実現でき、発表当時は複数の新聞メディアにも取り上げられた。
そして2019年6月、新たに考案?発表したのが、振動によって周囲の地盤を固めることで脚が滑ることなく走行できる機構だ。振動によって地盤の粒子が移動し、密度が上がることで滑りを防ぐ仕組みだ。
こうした月面探査ローバの車輪機構の研究と並行して取り組んでいるのが、タイヤの剛性が変化する空気レスタイヤの開発。レスキュー車両への応用のためだ。災害レスキュー車両は、被災地に駆けつける際は高速道路などアスファルトで整備された路盤だけでなく、被災地では散乱する瓦礫によるパンクのリスク、あるいは大雨や氾濫した川水などでぬかるんだ軟弱地盤の走行というそれぞれ様相のまったく異なる地盤を走破する必要がある。それに対応するだけの交換用タイヤを積載しようとすれば必要な物資や運搬物を積載するスペースを圧迫し、タイヤを交換しようにも被災地から遠く離れた場所で行う必要があってレスキュー隊員の大きな負荷になるなど、被災地の中心近くで活躍するには課題が多くあった。そこでパンクや破損が無く、剛性を変化させて接地状態を調整できる災害地域走行用の空気レスタイヤの開発に取り組んでいる。ほかにも水田のあぜの急斜面を滑り落ちることなく走行できる、キャンバー角(正面から見た車体に対する車輪の傾き)が可変する草刈りロボットの開発も進めている。
こうした月面探査ローバの車輪機構の研究と並行して取り組んでいるのが、タイヤの剛性が変化する空気レスタイヤの開発。レスキュー車両への応用のためだ。災害レスキュー車両は、被災地に駆けつける際は高速道路などアスファルトで整備された路盤だけでなく、被災地では散乱する瓦礫によるパンクのリスク、あるいは大雨や氾濫した川水などでぬかるんだ軟弱地盤の走行というそれぞれ様相のまったく異なる地盤を走破する必要がある。それに対応するだけの交換用タイヤを積載しようとすれば必要な物資や運搬物を積載するスペースを圧迫し、タイヤを交換しようにも被災地から遠く離れた場所で行う必要があってレスキュー隊員の大きな負荷になるなど、被災地の中心近くで活躍するには課題が多くあった。そこでパンクや破損が無く、剛性を変化させて接地状態を調整できる災害地域走行用の空気レスタイヤの開発に取り組んでいる。ほかにも水田のあぜの急斜面を滑り落ちることなく走行できる、キャンバー角(正面から見た車体に対する車輪の傾き)が可変する草刈りロボットの開発も進めている。
学生の発想を生み出すアクティブ?ラーニング
レスキュー活動、農作業、雪上移動……。地盤が軟弱ゆえにその上での作業が困難であっても活躍できる、これらの機構を搭載した移動システム?ロボットの応用範囲は月?惑星面にとどまらず幅広い。そしてその幅広さを支えるのが、研究室に所属する多くの学生たちのアイデアだ。事実、飯塚教授に研究の応用?展開について話を聞く時、「これは学生のアイデアで……」と切り出す枕詞がよく耳を打つ。答えを与えず学生に自ら考察するよう促し褒めることに徹する姿勢は、アクティブ?ラーニングを実践する教師に求められるファシリテーションスキルそのものだ。こうした学生の考えを重視する研究室運営が、新しい発想を次々に生み出し、その技術の応用範囲の幅を広げている。飯塚研究室には学部4年生、修士?博士課程の学生から研究員まで33人が所属し、その規模は芝浦工業大学でも屈指だ。
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「チャンスがあれば宇宙を目指したい」と研究テーマについて語る飯塚教授が、次に狙うのは月?惑星の「地中」だ。ドローンで空を、ローバで地面を支配した人類は、地中にはまだ到達していない。月?惑星面掘削ロボットの研究には各機関が取り組んでいるが、地球上でも大がかりな機器を要する掘削作業の宇宙空間における困難さは想像に難くない。だがレゴリスや地層の堆積の厚みは、すなわちその場の時の積み重ねであり、隕石の衝突や水の痕跡など、得られるであろう情報は無数に想像できる。こうした魅惑の未踏の地を掘り進められたその先に、人類の宇宙開発の新たな一歩が刻まれるだろう。
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profile
飯塚浩二郎 教授システム理工学部 機械制御システム学科
専門は宇宙ロボティクス、スポーツ工学、農業工学。総合研究大学院大学物理科学研究科宇宙科学専攻博士後期課程修了。2006 年、博士(工学)。中央大学助教、信州大学助教、同准教授を経て、2016 年芝浦工業大学システム理工学部機械制御システム学科准教授に就任。2018 年、教授。JAXA の宇宙工学委員や、農業?食品産業技術総合研究機構の委員としても活躍。
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芝浦工業大学 企画広報課
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