SIT Academic Column 情報技術と体育教育の幸福な出会いがもたらすもの

2022/05/25
  • SIT Academic Column
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バーチャルな空間の中で、選手同士がエナジーボールを放ち、ポイントを競い合う。これまでのスポーツとは一 線を画す、AR(拡張現実)スポーツ「HADO」を、芝浦工業大学では日本の大学として初めて体育科目の授業に導入した。単に新しいスポーツに触れてみようという試みではない。情報技術を活用した体育教育の可能性の追求、さらにその先には、大学教育の新たなスタイルを模索する、教員たちの革新的な挑戦がある。


まるでアニメの世界観を 現実にするAR スポーツ

振りかぶった腕の先から放たれる光の玉(エナジーボール)。お互いの攻撃をかわし、ときに光の壁(シールド)をつくって攻撃を防ぎながら、相手を狙いすましライフを削り合う。子どもの頃にアニメや映画で一度は目にして憧れた世界のようだが、決してこれはモニターやスクリーンに映し出されたフィクションではない。進化するAR(拡張現実)技術を活用した、最先端のテクノスポーツと呼ばれる「HADO」である。

株式会社meleapが開発したARスポーツ「HADO」は2016年の発表以来、世界的に大きな注目を集めている。2022年現在、36カ国以上の国でプレイが可能であり、その体験者は全世界で210万人以上に及ぶ。プレイヤーは頭にヘッドマウントディスプレイ、腕にアームセンサを装着し、仮想現実の競技フィールドへ参加。3対3のチームに分かれ、エナジーボールを相手の体にぶつけることで獲得できる得点を競い合う。エナジーボールのスピードや大きさ、つくれるシールドの数など、自身の能力をカスタマイズできることも特徴のひとつ。運動能力や体格、年齢や性別などにとらわれることなく、 誰もが同じステージで競い合える競技性が、 幅広い層からの人気につながっている。

2022年4月、芝浦工業大学では最先端のARスポーツとして注目されるこの「HADO」を、日本の大学として初めて体育科目の授業に導入した。一見、次代の流行をいち早く取り入れた取り組みにも見える が、その実、導入の背景には情報工学と融合した新たなスポーツの創出や体育教育における情報技術の活用など、情報工学?体育教育の双方から新たな教育の在り方を探究する試みが秘められている。そしてこのプロジェクトを先導するのが、工学部情報工学科で体育教育を担う石﨑聡之教授、情報工学分野の研究を手掛ける井尻敬准教授と真鍋 宏幸教授である。


情報技術の活用は体育の授業を変えるか

「世の中がデジタルの力で変わっていく中で、体育の授業はこのままでいいのか、という葛藤は昔からありました」と語る石﨑教授。 GPSや画像解析を活用したスポーツのゲーム分析などを手掛けていたこともあり、元来情報技術の活用に関心を持っていたが、その思いを強くするきかっけとなったのがコロナ禍における体育授業だった。キャンパスへの登校が制限される中、石﨑教授はインターネットのライブ配信を活用し、画面を通じて学生と一緒に体を動かす授業を行っていた。「新たな様式の中で悩みながら授業スタイルを模索する一方、インターネットを活用することで、学生の出席率や参加意欲に 良い効果を見ることもできた。情報技術を活 用すれば、芝浦工業大学らしさもある新しくておもしろい授業をできるのではないか。旧態依然とした体育の授業を変えられるのではないか、という考えが膨らんでいきました」

では、情報技術によりどのような新しい体育の授業が実現できるのか。技術的な視点を含めて考えるべく、石﨑教授が相談を持ち掛けたのが、画像処理やユーザインタフェース、そしてARやVRの分野に長けた井尻准教授と真鍋教授だった。授業の合間の雑談からスタートした話し合いは、具体的な授業構想へとつながり、専門領域の垣根を超えた中長期的な計画性を帯びた教育の探究へと発展していく。そして3人は先進的なARスポーツとして注目されていた「HADO」に着目。実際に競技を体験した際には、石﨑教授は授業に導入するにふさわしい適正な負荷と、コミュニケーションやお互いを尊重するスポーツマンシップの醸成につながるかどうか、そして真鍋教授は競技として楽しみながら、情報工学分野につながる気付きを得られるか、といった点を注視していたという。

いまや情報技術は社会のあらゆる場所で欠かせない存在であり、スポーツ領域でもトレーニングやゲーム分析を中心に、高い存在感を示している。その一方で、競技そのものが情報技術を土台につくられているケースはまだ少ない。だからこそ「HADO」を体験することは、体育科目としての意味合いのみならず、情報工学の学びとしても得るものが非常に大きい。
「こんなシステムをつくりたい、こんなゲームをつくりたい、といった考えと同様に、学生たちには「HADO」を体験して、スポーツにおける情報技術の新しい活用方法に気付いてほしい。スポーツは日々の生活に身近な存在であり、自らの体で体験できるもの。 自分ならば情報技術を活用してこんな競技をつくってみたいといった発想や意欲を育むことが、情報工学の活用領域を広げる機会 創出になるはず。何より学生たちが興味を持って取り組んでくれると期待しています」 (真鍋教授)

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HADO 実施風景 3名のチームで戦う「HADO」。
チーム内の役割分担や 戦術、それに基づく各人の能力設定も試合の鍵となる


主体性と実践力を高める 新たな教育を目指して

2022年4月より、「HADO」は工学部?建築学部の選択科目「ウェルネス?スポー ツ」内で取り組むいくつかの競技のひとつとして導入される。まずは学生の反応や授業としての成果を見据えながら、と2人は口を揃えるが、その先には工学部の2024年のカリキュラム改編や課程制の導入を踏まえた、 主体的で実践的な授業を目指している。

「情報工学分野におけるクリエイティブな 発想のもと、たとえば学生自身が考えた競技を体育の授業に取り入れることもイメージできます。学生のアイデアを授業で実践し、受講生の反応を踏まえて、発案者が競技の精度を高めていく。学生がスクラップ&ビルドを重ねていく舞台を授業として提供できれば、それ以上に実践的な学びはないはずです」(石﨑教授)

「課程制がスタートすれば3年次から長いスパンで卒業研究に取り組める環境が実現します。半年間でアイデアを形にし、半年間 でその実践?検証を行うなど、アイデアを形にして発表して終わり、という従前とした学生の研究の在り方ではなく、検証し改善するというサイクルを叶えていきたい。今回のプロジェクトには、そのモデルケースになる可能性が秘められていると考えます」(真鍋教授)
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プレイヤーはヘッドマウントディスプレイとアー ムセンサを装着。
ヘッドマウントディスプレイ は、装着時に周囲が視認できるよう設計されている

両氏が描く青写真は、体育科目の授業や情報工学のプロジェクト型学修という枠組みを超え、冒頭に示した「情報工学?体育教育 の双方から新たな教育の在り方を探究する試 み」であり、そこで培われる主体性や実践力は、まさに芝浦工業大学が掲げる『社会に学び、社会に貢献する技術者の育成』という建 学の精神を体現するもの。「ARスポーツをやってみて、楽しかった」ではなく、それが大学教育としての成果につながるエビデンスをこれから積み重ねていきたいと語る両氏。 これからの展開に、大学教育の未来形が明らかにされる日が訪れることを期待したい。

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ニコニコ超会議風景
幕張メッセで開催された「ニコニコ超会議 2022」に大学として初めて出展。
「超体育の 授業 by 芝浦工業大学」として「HADO」の 体験会やデモンストレーションを実施した






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Profile
真鍋 宏幸 教授
工学部 情報工学科

専門はユーザインタフェース、ヒューマン?イ ンタラクション、AR、VR。2001年東京工業 大学総合理工学研究科物理情報システム創 造専攻修士課程修了。株式会社NTTドコモに入社し、先進技術研究所等で研究活動に従事。2015年東京工業大学情報理工学研究科情報環境学専攻博士後期課程修了。2019年芝浦工業大学工学部情報工学科准 教授を経て、2022年より現職。博士(工学)。
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Profile
石﨑 聡之教授
工学部 情報工学科

専門は運動生理学、スポーツ方法学。1998年順天堂大学大学院体育学研究科修士 課程修了、2005年同大学院スポーツ健康 科学研究科博士後期課程単位取得満期退 学。1999年小山工業高等専門学校 講師、 2010年芝浦工業大学工学部共通学群准教 授を経て、2021年より現職。日本フットボール学会理事。
(広報誌「芝浦」2022年春号 掲載)

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