SIT Academic Column シミュレーションで社会を身近な存在に

2023/02/27
  • SIT Academic Column
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シミュレーションはさまざまな分野で活用されている。例えば、欧洲杯足彩app下载_欧洲杯下注平台-【直播*网站】の感染者数においても感染者数の推移やワクチンの効果、人の移動といったデータ をもとに将来の感染状況の予測が行われている。芝浦工業大学では、社会の現状分析と政策の評価を行うことができるよう、身近な社会課題をわかりやすくするシミュ レーションの研究が進められている。


社会課題のディスコミュニケーション

2019年6月「老後2,000万円問題」がテレビなどのメディアで報道された。これは、金融庁の金融審議会が「高齢社会における資産形成?管理」という報告書で公開した、老後に必要とされる資金の具体的な金額だ。当時の騒動は忘れてしまっていても「老後に2,000万円」というキーワードは記憶に残っているのではないだろうか。こうした数値のあるニュースは具体的なイメージが伴うためわかりやすい反面、数値だけが一人歩きしてしまう可能性をはらんでいる。実際に、金融庁の報告書では「老後に2,000万円」というキーワードは2か所しかなく、「この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入?支出の状況やライフスタイルなどによって大きく異なる」との記載もある。これの元となったデータは、2017年の家計調査年報(総務省)である。高齢夫婦無職世帯(いわゆる年金生活世帯)において、月の支出が263,717円、収入が209,198円となり、月額では54,519円不足する。これに人生100年時代を考慮し、30年間分を計算すると、1,963万円となる。

情報の受け手と出し手とのディスコミュ ニケーションは、メディアの見出しによる誤解や単語の認識の相違、または正常性バイアスなどさまざまな原因が考えられる。 こうした、ディスコミュニケーションをなくし、一人ひとりにとって身近な社会課題 を言葉以外の方法も活用しながら伝えられるよう研究を行っているのが、芝浦工業大学において最年少で助教に就任した電子情報システム学科原田拓弥助教だ。

原田助教は、一人ひとりにとって快適な社会を模索するために、コンピュータ上に再現した人工社会と情報技術を用いて、社会の現状分析と政策の評価に関する研究に取り組んでいる。人々にとって身近な社会問題を、関心がない人にも正しく伝えられるようシミュレーションを活用している。 原田助教は「現実の社会課題をゲームのようなシミュレーションにすれば自分事としてとらえてくれるのではないか」と話す。

シミュレーションを高度化

身近な社会課題のシミュレーションとはどのようなものなのだろうか。

従来、社会課題の解決を目的としたシミュレーションでは、公的統計など集約されたデータが用いられていた。実在する市民の情報を用いることができれば、シミュレーション内に市民を再現することが可能だ。しかし、個人情報保護やプライバシーの観点から、このような利用方法は不可能である。したがって、市民一人ひとりをシミュレーション上に再現することはできず、 公的統計など個々人の情報を集約した統計表をもとにシミュレーションがされていた。

原田助教は関西大学と共同で、個人情報を一切用いずにプライバシーに配慮した図1のような人工社会の作成に取り組んでいる。図1は、総務省が提供する人口?世帯に関する統計調査である国勢調査結果と国土交通省 国土地理院が提供する地図データである基盤地図情報から生成された人工社会である。これらは年齢や性別、所得、世帯構成、居住場所など世帯と個人の情報から構成されるものの、複数の統計表や地図データと整合するように生成しているため、 実在する個人の情報やプライバシーを侵害しないデータである。

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図1 公的統計などオープンデータのみを用いて作成された人工社会の例
(出典:国土地理院発行基盤地図情報)
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図2 大阪府高槻市の従業地推定結果
原田助教は生成された人工社会の精度評価に関する研究を関西大学、早稲田大学と共同で論文を発表した。この研究では、人工社会の評価に実在する個人の情報を用いることができないため、架空の都市を作成し、その人工社会を生成することで精度を評価する手法を提案している。実験の結果、仮想都市と人工社会との比較では76%の精度であることが判明した。

しかし、図1の人工社会は、居住地ベースのいわゆる夜間人口データである。社会課題の解決のためにシミュレーションを実施する場合は、昼間の行動をシミュレーション上で再現することが求められる場合がある。例えば、感染症問題では、職場で罹患し、家庭内感染がおこりうる。家庭と職場のように夜間と昼間の行動をつなぐデータを作成することで、多様なシミュレーションが実現できる。

そして、原田助教は関西大学との共同研究において、これまで夜間人口であった図1の人工社会の各市民について、図2のような従業地の推定に成功した。この研究は、会員数が40万人以上の世界最大規模の工学系学術団体であるInstitute of Electrical and Electronics Engineers(IEEE)が発行す る、「IEEE Transactions on Computational Social Systems」から論文が出版された。人工社会の生成で用いている国勢調査結果と異なる調査時期、かつ調査対象である経済センサス基礎調査結果を結びつけることに成功したのだ。これにより、人工社会上の労働者に対して、従業地を割り当てることが可能になった。

しかしながら、現時点では従業地の割り当てにとどまっている。昼間人口を再現するためには、従業先に加え、学生の通学先を割り当てる必要がある。また、通勤?通学以外にも、日常的な買い物行動や、非日常行動を再現することで、多様なシミュレーショ ン?分析を行うことができるデジタルツイン基盤の実現が可能になる。
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世界の課題解決に向けて

社会が抱える課題は複雑化している。「VUCA(ブーカ=変動性?不確実性?複雑性?曖昧性)社会」の到来で、将来の予測 はますます困難になっている。そうした社 会をシミュレーションするためには、日本だけでなく、世界のデータを考慮したシミュレーションを行う必要がある。「社会は、日本だけでなく世界とつながっている。海外のデータも分析できるようにしていきたい」と原田助教は言う。日本においても、外国人観光客や労働者が増加しており、シミュレーションにあたっては、海外からの流入を考えなければ、シミュレーションで実現できることが限られる。原田助教は、身近な社会課題から世界の課題をシミュレーションし、より多くの課題を解決することで人類に貢献する道を拓こうとしている。



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profile
原田 拓弥 助教
システム理工学部 電子情報システム学科
専門は情報学、社会システム工学。2015年関西大学総合情報学部総合情報学科卒業。
2017年関西大学大学院総合情報学研究科知識情報学専攻修了。
2018年関西大学大学院総合情報学研究科総合情報学専攻修了。博士(情報学)。
同年、関西大学データサイエンス研究センター博士研究員。
2019年青山学院大学理工学部経営システム工学科助教を経て、2022年芝浦工業大学システム理工学部電子情報システム学科助教に着任。

(広報誌「芝浦」2023年冬号 掲載)

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