SIT Academic Column 予防医療を推進する飲み込み型デバイス
2023/05/22
- SIT Academic Column
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今、医療の新しいアプローチとして注目を集めているものに「飲み込み型 (可食型)デバイス」がある。芝浦工業大学工学部機械機能工学科の吉田慎哉准教授は、その研究開発により文部科学省科学技術?学術政策研究所の「ナイスステップな研究者2022 」を受賞。医療のみならず、ヘルスケア用途にも拡がる飲み込み型デバイスの可能性を探る。
自宅で人間ドックができる予防医療を目指して
人が口から飲み込み、体内で検査や治療を行う飲み込み型デバイスは、1950年代からコンセプトが存在し、世界各国で実用化されてきた歴史がある。例えば、米国では薬の服用をいやがる患者向けに薬にチップを埋め込み、服用した際に信号を出して確認する試みや、ダイエットに活用した製品事例が過去に存在する。日本でも大手光学機器メーカーが小腸用カプセル内視鏡を実用化したことが話題になった。
これらはいずれも医療用で、医療関係者が患者に提供するものだが、吉田准教授が手がけるのは日常生活の中で健康増進や予防医療に役立てるヘルスケア用途の飲み込み型デバイスだ。
超高齢化が進み、 医療費が増大する一方の日本社会において、予防医療の重要性は増すばかりだ。2013年、文部科学省と独立行政法人科学技術振興機構による「革新的イノベーション創出プログラム(COI - STREAM)」に東北大学のプロジ ェクトが採択され、いち早く身体の変調を把握し、本格的な治療が必要になる前に対処できるよう「自宅で“日常人間ドック”を可能にする技術を生み出す」ことを目的とする研究が進められた。微小電気機械システム(MEMS)を専門分野とする吉田准教授は、 8年前よりこのプロジェクトに参画。他の研究者が貼付型デバイスや非接触デバイスなどに取り組む一方で、飲み込み型デバイスの研究を進めるようになった。
これらはいずれも医療用で、医療関係者が患者に提供するものだが、吉田准教授が手がけるのは日常生活の中で健康増進や予防医療に役立てるヘルスケア用途の飲み込み型デバイスだ。
超高齢化が進み、 医療費が増大する一方の日本社会において、予防医療の重要性は増すばかりだ。2013年、文部科学省と独立行政法人科学技術振興機構による「革新的イノベーション創出プログラム(COI - STREAM)」に東北大学のプロジ ェクトが採択され、いち早く身体の変調を把握し、本格的な治療が必要になる前に対処できるよう「自宅で“日常人間ドック”を可能にする技術を生み出す」ことを目的とする研究が進められた。微小電気機械システム(MEMS)を専門分野とする吉田准教授は、 8年前よりこのプロジェクトに参画。他の研究者が貼付型デバイスや非接触デバイスなどに取り組む一方で、飲み込み型デバイスの研究を進めるようになった。
安全でリーズナブルな「飲む体温計」を開発
吉田准教授が開発中の飲み込み型デバイスのコンセプトは、 「安全に、リーズナブルに製造できる」こと。開発した「飲む体温計 thermopill®」は、胃酸電池の原理を応用。搭載した2種の金属が胃液に接触すると腐食反応を起こし、発電する。その電気エネルギーを無機物のみで作られた積層セラミックコンデンサに蓄電し、胃や腸で少しずつ電気を使いながら体温を測定。測温データを体外の受信機に送信する。このような構造は一括大量生産に適しており、製造コストを大幅に下げることが可能だという。「米国でも飲み込み型の体温計は実用化されていますが、我々のものよりサイズが大きく、しかもボタン電池が採用されています。測定できる頻度は多いのですが、安全性に不安があり、価格も高めの設定です」
胃や腸で体温を測定したデバイスは、特に消化器系の疾患などがない限り、 24時間以内に肛門から自然排出される。トイレに流された後はゴミ沈殿場で回収し、埋め立て処理されるフローまで描かれており、すでに動物適応実験も終えている。
深部体温を把握することが予防医療の第一歩に
ではなぜ、体表ではなく、胃や腸の体温を測定する必要があるのだろうか。実は体内の「深部体温」はその変動やリズムがさまざまな疾患のパラメータになるといわれている。例えば、熱中症は深部体温が上昇し、その熱を体外に逃がすことができないために発症する。また、深部体温のリズムは体内時計の指標のひとつであり、体内時計が狂い始めると疾病リスクが増加し、社会生活にさまざまな影響を及ぼしていく。その典型的な例が概日リズム睡眠障害で、体内時計の周期が1日24時間からズレてしまい、「夜、なかなか眠れない」「朝、どうしても起きられない」という状態に陥る。そこで無理をして外界の時間に合わせると、眠気?頭痛?倦怠感?食欲不振などの症状が現れ、日々の生活の質が下がることになりかねない。深部体温は若い世代ほど振幅が大きいため、高校生?大学生の数パーセントが概日リズム睡眠障害の患者に該当するともいわれている。「実際、概日リズム睡眠障害の患者さんが集う会でヒアリングをしたのですが、病気が社会になかなか理解されず、“怠けているだけ”と捉えられがちで、苦しい思いをされた方が多いです。そこで深部体温を手軽に測定し、概日リズムがズレていることを証明できれば、状況が変わるのではないかと考えました」
他に「飲む体温計」の用途として、吉田准教授は長距離陸上選手などアスリートのパフォーマンス向上や、熱中症の予防などを想定する。
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技術の完成度、 社会ニーズ、将来性が評価されて受賞へ
吉田准教授が開発した「飲む体温計」は、他にもさまざまな電源やセンサを搭載できる拡張性を秘めている。例えば、 ガスセンサを搭載すると、腸内細菌が排出する水素や硫化水素ガスの検出が可能になり、慢性腸炎や潰瘍性大腸炎などの疾患の管理や便移植の効果の調査などに活用が期待できる。pHセンサを搭載すると腸内環境の重要な指標であるpH値が測定でき、圧力センサでは腸のぜん動運動を確認することができる。研究内容が徐々に知られるようになると、技術の完成度の高さ、社会的ニーズの高さ、研究内容の将来性などが評価され、吉田准教授のもとには医療機器メーカーをはじめとした企業やベンチャーキャピタル、新聞社などメディア各社が多く訪れるようになり、その後の「ナイスステップな研究者2022」 の受賞へとつながっていった。「ナイスステップな研究者2022」には、約250人の候補者の中から最終的に吉田准教授を含む 10人が選出されており、歴代受賞者には山中伸弥教授や天野浩教授などノーベル賞受賞者も名を連ねている。
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興味の幅を広く保ち、時代の波に対応できる人材へ
吉田准教授の微小デバイス創造学研究室では、 「飲む体温計」などのヘルスケア分野以外にも、指の血管と指紋を同時に読み取るセキュアな生体認証デバイスの開発や、超音波センサの材料開発、加工装置の開発など、さまざまなものづくりの研究を行っている。「ものづくりの研究開発には時間がかかりますし、場所もお金も必要です。私は泥臭いハードウェアが好きでこの道に進みましたが、今、ものづくりが再び脚光を浴びる時代が来たと感じています。研究テーマには時代の波があり、飲み込み型デバイスもこの10年で再び波が巡ってきました。学生の皆さんはいろいろなものに興味を持ち、新しい分野を積極的に勉強する習慣をつけ、時代の波に対応できる人材に育っていただきたいです」
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profile
吉田 慎哉 准教授
工学部 機械機能工学科
2008年、東北大学大学院工学研究科ナノメカニクス専攻博士課程後期課程修了。工学博士。東北大学原子分子材料科学高等研究機構助手。2009年、同大学助教。2015年、同大学大学院工学研究科特任准教授。2022年、芝浦工業大学工学部機械機能工学科准教授。NEDO賞、東北大学 TECH OPEN 2019ビジネスプランコンテスト、Outstanding Presentation Award(第1回日本バイオデザイン学会定期学術集会)など、受賞多数。
2008年、東北大学大学院工学研究科ナノメカニクス専攻博士課程後期課程修了。工学博士。東北大学原子分子材料科学高等研究機構助手。2009年、同大学助教。2015年、同大学大学院工学研究科特任准教授。2022年、芝浦工業大学工学部機械機能工学科准教授。NEDO賞、東北大学 TECH OPEN 2019ビジネスプランコンテスト、Outstanding Presentation Award(第1回日本バイオデザイン学会定期学術集会)など、受賞多数。
(広報誌「芝浦」2023年春号 掲載)
芝浦工業大学公式YouTube チャンネル
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